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原作『ハンナのかばん』

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 一つの古びた旅行かばんが、虐殺の地・アウシュビッツから届いたのは2000年春のことでした。幅65センチほどの大きな茶色いかばんの表面に白いペンキで書かれた名前がまず目に飛び込んできました。ハンナ・ブレイディ。アウシュビッツのガス室に送られ、13歳で短い生涯を閉じた少女。当時分かっていたのはそれだけ。でもこのかばんは、見る者に「持ち主はどんな子だったのだろう」と思わせる不思議な力がありました。

 

 ホロコースト(ナチス・ドイツによる虐殺)の中で殺されたユダヤ人の数は約600万人。そのうち150万人は子どもでした。ハンナはその中の一人にすぎません。でもこのかばんと出会った私は、ハンナという少女の「死」よりも「命」を伝えたいと思うようになりました。そしてハンナ探しが始まりました。数々の幸運に恵まれ、一年後には、家族でただ1人奇跡的に生きのびていたハンナの兄ジョージ・ブレイディさんにたどりつくことができました。半世紀の年月をこえて今もなお「妹を守れなかった」という悲しみを抱えていたジョージさんですが、2001年には初めて来日し、妹の思い出を語ってくれました。おしゃべり好きで、活発で、教師になることが夢だったハンナの姿が、かばんと重なって、生き生きと私たちの目の前に浮かびあがりました。

 

 この出会いから、ハンナの物語は児童書になり、世界の45ヶ国で出版されました。ハンナのかばんも、今日まで国内外900の学校を訪ねています。20万人を越える子どもたちが、ハンナの悲しみやハンナが精一杯生きた勇気に心を寄り添わせ、一つのかばんが運ぶ命のメッセージを受け止めてくれています。

 

 なぜホロコーストは起きたのか、なぜ「ユダヤ人である」というだけで、憎しみや偏見は人の心に生まれてしまうのか。人の心の弱さにも向き合ってみよう、人を受け入れる、思いやる心を育もう、そんな教育をホロコースト教育資料センターKokoroは目指しています。ホロコーストを学ぶことは、今の世界を生きる自分たちを学ぶこと。「私には何ができるだろう」ハンナのお話を通して皆さんが自分の心に問いかけてみてほしいと願っています。

 

 2015年2月、ジョージさんは87歳の誕生日を迎えました。  「憎しみは何も生まない」と語るジョージさんの思いを再びかみしめています。

 

 

NPO法人ホロコースト教育資料センターKokoro

代表  石岡 史子

 

 

カレン・レビン著

石岡史子訳

ポプラ社刊

 

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