開催のご報告

高校生、大学生を中心に70名を超える方々にご参加いただきました。

ホロコースト記憶の国際デー2016 in 東京

ホロコースト記憶の国際デー2016 in 東京

1月27日は、国連が制定した「ホロコーストの犠牲者を想起する国際デー」。今年は東京では1/14に上映会&トークを実施しました。

早稲田大学 千畝ブリッジングプロジェクト 村社さん

早稲田大学 千畝ブリッジングプロジェクト 村社さん

会場は、早稲田大学をお借りしました。準備や当日の司会まで、千畝ブリッジングプロジェクトの皆さんにご協力いただきました。

早稲田大学 千畝ブリッジングプロジェクトの皆さん

早稲田大学 千畝ブリッジングプロジェクトの皆さん

イスラエル大使館のイリット・サヴィオン公使

イスラエル大使館のイリット・サヴィオン公使

開会の言葉をいただきました。

ヤーノシュ・ツェグレディさん

ヤーノシュ・ツェグレディさん

7歳でハンガリー、ブダペストのゲットーを生き抜いた体験を話してくださいました。

ヤーノシュ・ツェグレディさん

ヤーノシュ・ツェグレディさん

通訳・対談 : NPO法人ホロコースト教育資料センターKokoro代表・石岡史子

大学生の皆さんとディスカッション

大学生の皆さんとディスカッション

早稲田大学の千畝ブリッジングプロジェクトの皆さんと杉原圭佑さん、NPO法人ホロコースト教育資料センターKokoro代表・石岡史子

早稲田大学 千畝ブリッジングプロジェクト 福本さん

早稲田大学 千畝ブリッジングプロジェクト 福本さん

「地獄に放り出されたような」感覚。観た後で呆然としてしまう作品ですが、福本さんの正直な言葉でまず、会場の皆さんと共有できた気がします。

早稲田大学 千畝ブリッジングプロジェクト 鶴見さん

早稲田大学 千畝ブリッジングプロジェクト 鶴見さん

映画の中のサウルの行動に触れて、「日常の習慣だから、(極限の状況で)出てきたとも言えるかもしれない」アウシュヴィッツでの無数の死が描かれているのに、「生きること」を考えさせる映画でした。

早稲田大学 千畝ブリッジングプロジェクト 須貝さん

早稲田大学 千畝ブリッジングプロジェクト 須貝さん

囚人だったポーランド人画家コシチェルニャックがアウシュヴィッツで描いた作品について触れながら、コメントしてくれました。

NPO法人ホロコースト教育資料センター代表・石岡史子

NPO法人ホロコースト教育資料センター代表・石岡史子

映画「サウルの息子」への理解を深めるための写真をいくつか紹介しました。フィクションではありますが、歴史的な事実に基づいています。

アウシュヴィッツの焼却棟の中庭から掘り出された手書きのメモ

アウシュヴィッツの焼却棟の中庭から掘り出された手書きのメモ

「真実は、はるかに悲惨で恐ろしい」ゾンダーコマンドが書き残したもの。

杉原千畝の曾孫、杉原圭佑さんもパネリストの一人として登壇してくれました

杉原千畝の曾孫、杉原圭佑さんもパネリストの一人として登壇してくれました

映画のラストのサウルの表情の意味は・・・? コメントと一緒に大切なメッセージを持つシーンについて触れてくれました。

ハンガリー大使館のコーシャ書記官

ハンガリー大使館のコーシャ書記官

来日された監督に同行されていた時のことを紹介してくださいました。

ヤーノシュ・ツェグレディさん

ヤーノシュ・ツェグレディさん

最後まで残って会場からの質問にも答えてくれました。

ヤーノシュ・ツェグレディさん

ヤーノシュ・ツェグレディさん

「ドイツは歴史に正面から向き合い、新しい社会をつくろうと努力してきました。それは、世界に良い例を示していると思います」

サヴィオン公使のお母様もアウシュヴィッツを生きぬいた方です

サヴィオン公使のお母様もアウシュヴィッツを生きぬいた方です

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学生の皆さんの感想より
実際にホロコーストを経験した人であるヤーノシュさんの「人間は歴史から何も学んでいない」という言葉は非常に重いものだと感じた。事実は、その場にいた人にしか分からず、後日、又聞きした話を理解した気になっても、完全にそれを未来につなげることはかなり難しいことだと思う。映画も、事実を想起させるようなメディアのほんの一部であり、確かにホロコーストをイメージさせるようなものではありが、怖いものだね、という感想で止めてしまえば、そこで終わりであると思う。「サウルの息子」では、被害者、完全なる悪人、悪人しか描かれておらず、善人、完全な味方が描かれていない。事実を美化して作りものにするのではなく、できるだけ忠実に表していて、後々まで引きずるような映画だった。(大学2年)
 
 
このような映画を観る際、いつもその"ストーリー性"や"悲しみ"に何度となく涙を流す。しかし、今回、涙はエンドロールでじわりと出ただけだった。何か信じるもの(宗教、自分の意志、そして息子かもしれない何か)その為に自分を犠牲にしてまで、生きる、絶対に死にたくないと思う。そこに何か人間のすばらしさがあるのかもしれない。今、私がホロコーストの記憶について多くを語れはしないけれど、一緒にみて、考えようと、考えたいと思う映画だった。(大学1年)
 
 
「思考を止めないこと」この大切さ、これからも忘れずにいたいと思います。第二次世界大戦で亡くなった方の遺骨を収集する活動に参加しています。実際に遺骨がねむっていた壕や人々の自決したガマなどいくつも行きましたが、その中にいる時とこの映画を観ているとき、似たような感情をおぼえました。すなわち、ゆがんでしまっている死生、純粋なかなしさ、戦争というもののおそろしさ。。。ユダヤ人のかなしい歴史も日本の歴史も、加害者であっても被害者であっても共有できる唯一が「戦争のおそろしさ」「かなしさ」という辛さなのかもしれないと思います。(大学3年)
 
 
実際にホロコーストサバイバーの方のお話を聞く機会は初めてだったので、非常に貴重な経験をさせていただきました。映画については、自分自身の興味の"収容所内に存在していた「階級の差」ともいえるもの"があったので、ゾンダーコマンドに焦点をあてたこの映画の内容は非常に興味深いものでした。(大学3年)
 
 
戦争映画は様々な作品が出ていて、多くの作品を見てきましたが、ここまで人間が生きるため、生きるとは何か、人間の尊厳について深く根ざした映画を見たのは初めてであるかなと思います。人間というのは、死ぬときは誰もかも幸せな死に方などできないと思いますが、幸せに生きようとすることはでき、それが今回サウルの子供に対する行動ではないかと思います。(大学3年)
 
 
ヤーノシュさんの話をもう少しきいてみたかった。視点が今までに見たことのない映画でした。主人公の心情の複雑さと映画の臨場感に圧倒されました。(大学4年)
 
 
アウシュヴィッツの中にも「日常」があったということを思わされた。私たちすべての人間の心の中に「ヒトラー」はいるのだろう。(大学3年)
 
 
ユダヤ人たちがガス室に入れられて扉が閉められた後の人々の叫び声やうめき声、扉を叩く音のシーンが映画の前半で印象的なシーンでした。この映画のように、人間の歴史の中の負の面を描いた作品は、目をそむけたくなるような恐ろしさを持っているけど、そのような「真実」を描いた作品こそ、私たちのような次の世代が見て、考え続けていくべきなんだろうなと思います。解説があったおかげでより深く内容を理解できたような気がします。今後も様々な本、映画に触れながら、自分なりに考えつづけたいと思いました。ありがとうございました。(大学2年)
 
 
言葉が適切でなくて申し訳ないのですが、吐きそうになってしまう場面もありました。(大学2年)
 
 
初めてユダヤ人虐殺の映画を見ました。実際に映画で見ることで、どのような状態だったのか知ることができ、感銘しました。もう二度とこのようなことはおきないでほしいです。(高校2年)
 
 
過去におかしたことにむきあうこと。映画でも約2時間でホロコーストについて知ったきになってしまうけど、もっと奥は深いのだと思った。思考はとめないようにしたい。(高校2年)
 
 
ヤーノシュさんよりお話いただいた「耳に心地の良い言葉には疑いを持つこと」というお言葉は非常に印象的で、念頭にその言葉を描き、終始、本編に向き合う様にしました。厳しい状況が存在したとは言え、やはり多くの場面で思考停止に甘んじられる様な行為が見受けられたと感じます。ただ今回、上映会で一つ考えられた点は、思考停止は戦時のような激動の時代においては正す機会は乏しく、平時、日常生活からの批判的思考が大変重要であると感じられました。平和と称される日本にいるからこそ、ヤーノシュさんのお言葉を受け、行動ができることに気づかされました。(大学3年)
 
 
ものすごくリアルだった。人間の強さにフォーカスした人間ドラマに終始しないところがリアルだった。死が日常化している中でまだ息のある子供の"生"を見つけた。それが彼にとって絶大な意味があったのだと思う。息子のとむらいが彼を生き直させるところが印象的だった。(卒業生)