​参加した中高生の感想

 私たちのためにヤーノシュさんが思い出したくないようなつらい経験について、話してくださったことに重みを感じました。犠牲者のひとりひとりの人生を考えてほしいというお話が心に残りました。私も含めて日本人は、過去に戦争で他国にどのようなことをしたか、習う機会が少ないと思います。日本が過去にしたことに目を背けないで、しっかりと向き合って被害者の気持ちに寄り添うために、まず知ることが大切だと思いました。実際に経験した人の話を聞くことができる大変貴重な機会でした。歴史への理解を深めることで、この先の平和を築くことが出来ると思いました。(中学3年)

 私はこのホロコースト国際デーのイベントを楽しみにしていました。当時ユダヤ人として生きることはとても危険なことで、常に死を考えなければならなかったと思います。そのような中で生き残ることができたことはとても奇跡的なことだと思います。なので、この日ヤーノシュさんに会い、話しができたことをとても光栄に思います。

 私はヤーノシュさんに、当時ユダヤ人がつけなくてはならなかった「ダビデの星」というものは、つけなければユダヤ人ではないふりはできなかったのか、またそのような人を知っていますか、と質問しました。ヤーノシュさんは当時金髪だったので、一見ユダヤ人とは分かりにくい見た目だったそうですが、「ダビデの星」をつけていない状態でユダヤ人とばれてしまうと、その場で射殺されてしまうので、星をつけないことはとても危険なことだったので、必ずつけていたそうです。また祖先をたどってユダヤ人かどうか調べられてしまうので、ユダヤ人でないふりはできなかったそうです。私はこの逃れられない状態にとても恐怖を感じました。見た目は他の人と変わらないのに、おびえて暮さねばならないなんて、とても理不尽だと思いました。この日貴重なお話をうかがうことができたことを忘れずに、自分にこれからできることを探して行こうと思います。(高校1年)

 私は11月にヤーノシュさんや他校の生徒と交流したときから、1月のホロコースト国際デーに何らかの形で参加したいと思っていました。戦争中、危険な状況にいた中、無事に生きのびた方とお会いしてお話をうかがうということはなかなかできることではなく、私にとって貴重な体験でした。

 そして、私は朗読者に立候補しました。台本を読みながら、ヤーノシュさんのお話を思いだし、きちんと皆さんに伝わるように読まなければならないと思いました。私は今回伝えること、そして考えることの大切さを実感することができました。経験しなかったことはわかりません。だけど、経験した人から伝えられたことをこれから広げていって、みんなで一緒に考えることはできるのだと思うことができました。(中学3年)

 今回、ヤーノシュさんと直接お話をうかがえる機会が2回あったことに嬉しく思いました。ヤーノシュさんは、あの残虐なホロコーストを経験し、実施に生き延びた方なので、映画や本で伝えられるメッセージよりもさらに強く、平和の大切さ、私たちは今後どうするべきなのか、などが伝わってきました。朗読のお話の中や、質疑応答の中で、「死」という運命がすぐそばにあったということが分かりました。

 しかし、ヤーノシュさんはその運命から逃れることができ、こうして私たちに体験談を話していただきました。辛い体験、思い出したくもないであろう体験を、未来をつくる世代である私たちのために話してくださったことを貴重なものだと考え、約70年前にヨーロッパで起こっていた事実を、過去として目を背けるのではなく、向き合って私たちよりも後の世代にも受け継ぎ、考え続けていくべきだと思いました。このイベントに参加して、世界中の国々が深く関心を持ってホロコーストについて考えているのに対して、日本ではまだまだ知られていないこともあり、もっと多くの人が知り、平和とは何か考えていくべきだと思いました。大変貴重な経験をありがとうございました。(高校2年)

 この会に参加できて、本当に良かったと思います。良かったことの1つに、まずホロコーストという事件がよりリアルになりました。映画で今まで見ていたものや、授業で習っていたことや、去年11月にヤーノシュさんにお話を聞いた時よりもです。彼の感情的な面をみたからでしょうか、彼が本当にゲットーにいて、死体の山を見て、角砂糖で飢えをしのいでいたことが、本当に想像できて、それがどれだけ恐ろしいことなのか、また今こうしてヤーノシュさんが私たちとお話をしていることが、どれほど奇跡的なことなのかを、真の意味で理解できたのです。これは本当に私の人生において、大きな経験になりました。

 2つ目はヤーノシュさんのそういった経験を経た上での、今の世界に対する意見や、ホロコースト教育資料センターの方々、またこの会に参加されている方々の意見が明晰であり、また本質的に同一であるのを見て、私自身が真にこれこそが平和で平等な世界を作るために必要なことだと確信できたからです。まず、どんなものでも話し合ってする際には1つの方向性や結論と言うものを最後に残すべきですよね。日本ではどうもそれが重視されていないようです。平和に関するものだと特に。その曖昧な姿勢が、こういったことを考える人々の数を減らしているように思うのですが。

 今回ヤーノシュさんと皆さんが強く仰っていたのが、過去ときちんと向き合うことでした。そしてまだ日本は多くの問題を抱えているということです。私は、平和教育が苦手だと思ったことがあります。それは皆がこう言っていたからです。「考えられない悲劇だ。」と。このような戦争が起こることは2度とあってはならない、だから日本は9条を作った、核兵器を作らない、戦争をしない、人を殺さない、なぜならいけないころだから、それは違いますよね。一番大事なのは人を殺さないとただ教えることではなく、人への思いやりを持ってすれば人を殺したいと思うこともなく、諸外国やその人々について正しい知識と同情心があれば、戦争を起こすのではなく何とかして理解し合いたいと思うはずで、そういった国民性を作り上げていくために教育があるはずで、そしてやがてそれと世界中に広げていくことが最も私たちが行わなければならないのに、それを後世に伝えていくどころか、全く重要性だと気付いていない。戦争体験者でさえも、彼らの声は何よりも影響力があるはずなのに、それをする人は少ないのです。ニュースを付けて、テレビで報道される殺人事件に対して「本当に考えられないですね」とか、「何でこんな事をしようと思ったのでしょうか」とか、北朝鮮のミサイルに対してのニュースタイトルは“挑発”であったりとか、韓国と日本の慰安婦問題はどちらの方がましなのか、検証する頭の良い人がいたりとか、そういった行動がどれだけ私たちに影響を与えるのか気づかない人たちが今の日本を作っていることの恐ろしさを感じます。でもそれは私がこの委員会に入る前の狭い世界しか知らなかったからであって、今回NPOホロコースト教育資料センターの石岡さんが、一番大切にしていて、学生たちに教えてくださっているのが、制限を持たず、相手への思いやりを持つことであると知り、ヤーノシュ・ツェグレディさんのドイツの前進を認め、また自国ハンガリーに対しても猜疑の目を向け、自分の体験を語ることだけでなく、体験を語っていなかった時でさえ恐らく考えていたであろう世界の状況や、ホロコースト一番の損失であるユダヤ文化の消失に対して、彼が作ったたくさんの民族的音楽、色で言うなら深い青と緑ですね、シナゴーグよりも円形の天井にある教会で響いてそうです。でも見た目はシナゴーグと同じです。ステンドグラスなどではなくて。そういう人がいることを知って、私は本当に嬉しかったんです。

 この機会は、私がもっと世界に目を向けるいいきっかけとなりました。色々な方々の協力のおかげでこのような場所に行けたことに感謝していますし、もうニュースを見て傷付くこともありませんね。明るい人生を送れそうです。(高校2年)